熱中症対策必須
真夏の陸上競技と熱中症対策
命を削ってまで走ってはいけない
目次
今の暑さは、昔とは別物
昔と比べて、夏の暑さは明らかに変わりました。私たちが子どもの頃に感じた「暑い」と、今の「暑い」はもう別物です。
陸上競技は屋外で行うスポーツです。トラックは日差しをまともに受けますし、競技場によっては風が抜けにくいこともある。気温だけを見て「今日は大丈夫」と判断するのは、思っている以上に危険です。
熱中症対策で特に意識してほしいのが、WBGTという暑さ指数です。気温だけでなく、湿度・日射・輻射熱を合わせて、身体への暑さの負担を示す指標で、日本陸連の「育成年代における競技会ガイドライン」では、WBGT31度以上の環境では競技の中止・中断などの安全措置を講じることが定められています。
ただ、現場に立っていると、WBGT31度が意外と涼しく感じることがあります。少し風があったり、曇っていたりすると「今日はそこまでじゃないな」と感じる。でも、ここが怖いところで、涼しく感じていても身体の中では熱がこもっていることがある。汗はかいているのに、うまく体温が下がっていない状態です。本人が「まだいけます」と言っていても、すでに危険が近づいていることもあります。
熱中症は、気合いや根性でどうにかなるものではありません。
日本陸連のガイドラインでも、ヒトの発汗機能は思春期あたりまで未発達であり、高い意欲や競争意識による無理が体温上昇のリスク要因になるとされています。つまり、育成年代の選手は大人と同じように暑さに対応できるわけではない。しかも、本気で取り組んでいる選手ほど無理をします。
「この試合だけは出たい」「ここで休んだら負ける」「全国につながる試合だから絶対に走りたい」。そう思ってしまうことがあります。だからこそ、大人が止める判断を持たなければいけません。
熱中症になりやすい選手の特徴
現場で見ていて、熱中症になりやすいと感じる選手にはいくつか共通点があります。
まず、普段から運動していない選手。春や初夏まであまり体を動かしていなかった選手が、暑い時期に急に練習を始めると、身体が暑さに対応できません。最近の子どもたちは、エアコンの効いた室内で過ごす時間が長い。エアコンが悪いわけではなく、命を守るために必要なものです。ただ、暑い環境にまったく慣れていない状態でいきなり真夏のグラウンドに立つのは、かなりのリスクがあります。
同じメニューをこなしていても、平気な選手もいれば、すぐに顔色が悪くなる選手もいます。これは根性の差ではなく、身体の準備の差です。
真夏は、運動習慣のない選手が急に活動を始める時期ではないと私は考えています。
陸上を始めたい気持ちは大切にしたい。でも、始める時期を間違えると身体への負担が大きすぎます。暑さにも運動にも慣れていない、水分補給の習慣もない、生活リズムも整っていない状態で真夏の競技場に立つのは、かなり危険です。
水分だけでは足りない
熱中症対策といえば「水分補給」を思い浮かべる人が多いと思いますが、水さえ飲んでいればいいわけではありません。
汗をかくと、水分だけでなくナトリウムなどのミネラルも一緒に失われます。真夏の練習では汗の量がかなり増えるので、水分だけを補給してミネラルをまったく意識しないと、身体のバランスが崩れてきます。
また、練習中だけ水を飲んでいる選手も要注意です。練習の間は飲む、でも普段の生活ではあまり飲まない。これでは不十分で、熱中症対策は練習中だけの話ではありません。
朝起きてから、学校での生活、食事、睡眠、練習の前後まで含めて、一日を通して身体を整えておく必要があります。
家庭の減塩食にも注意が必要
これは現場でかなり気にしている部分です。
たとえば、お父さんが高血圧だから家庭全体が減塩食になっているケースがあります。大人の健康管理として必要な場合はあります。ただ、真夏に大量の汗をかきながら運動している成長期の子どもまで、まったく同じ感覚で塩分を控え続けているのは別の話です。
もちろん、医師から塩分制限を指示されている場合はその指示に従うべきです。しかし、健康な中高生が真夏の陸上練習で大量に汗をかいているのに、家ではずっと薄味で、ミネラルの補給をほとんど意識していない状態は危険につながる可能性があります。
運動して大量に汗をかく子どもと、運動量の少ない大人では必要な補給量が違います。
家族全員が同じ食事をするのは自然なことですが、「家族が減塩だから大丈夫」と簡単に考えない方がいいです。
しょっぱいものを食べたがるのはサインかもしれない
子どもがやたらとしょっぱいものを食べたがるとき、ただの好みやわがままと決めつけずに少し注意して見てほしいと思います。
もちろん「しょっぱいもの好き=ミネラル不足」とは言い切れません。単なる味の好みや、お菓子を食べたいだけのこともあります。
ただ、真夏の練習後に塩気のあるものを強く欲しがる、足がつりやすい、頭痛がある、身体がだるい、疲れが抜けない、尿の色が濃い、食欲が落ちている――こういった状態が重なっているなら、身体からのサインとして見た方がいいと思います。
水分は足りているか、ミネラルは足りているか、食事量は十分か、睡眠は取れているか、暑さに慣れているか。こうしたことをセットで確認してみてください。
大事なのは、しょっぱいものを無制限に食べさせることではありません。真夏に運動する身体に必要な補給を、日常生活の中できちんと整えることです。
水分、塩分、ミネラル、食事、睡眠、これらは全部つながっています。
睡眠不足の選手は危ない
睡眠時間が短い選手も、熱中症リスクが高いと感じます。寝不足の日は身体の反応が鈍くなり、暑さへの耐性も集中力も落ちます。
そうなると、自分の身体の異変に気づきにくくなります。少し気持ち悪い、頭が痛い、いつもより汗のかき方がおかしい。そういうサインを見逃しやすくなるんです。
熱中症対策は、練習中に冷たい飲み物を飲むことだけではありません。前日の睡眠、朝食、普段の食事、生活リズム。ここまで含めて熱中症対策です。
手軽にできる暑さ対策を軽く見ない
帽子、サングラス、日焼け止め、保冷剤、氷のう、ハンディーファン、冷却タオル。これらを「大げさ」と思う人もいるかもしれません。でも、暑さ対策は気合いではなく準備です。
日差しを避け、頭や首を冷やし、身体にこもった熱を逃がし、休憩中に体温を下げる。こうした小さな対策の積み重ねが、熱中症のリスクを確実に下げます。
特に子どもは自分の状態を正確に言葉にできないことがあるので、大人が先回りして対策を用意することが重要です。
真夏は練習の考え方を変える
真夏は、いつも通りの練習をそのまま続ける時期ではありません。
涼しい時間帯に行い、短時間で終え、内容を絞る。練習の途中に身体の熱を冷ますブレイクタイムを入れ、水分補給だけでなく冷却の時間を確保する。量を追わない。これが大切です。
日本陸連のガイドラインでは、猛暑日となる可能性が極めて高い7月〜8月の競技会開催は原則回避とされています。例外的に実施する場合でも、冷涼地域、室内施設、早朝や夜間開催など、十分な安全対策が前提です。
これからの時代の真夏の競技会や練習は「今まで通り」でやってはいけない、ということです。
競技力を高めるためにも、まず安全が必要です。
暑熱順化は必要。でも過信してはいけない
暑さに慣れることを暑熱順化といいます。順化が進めば暑い環境でも身体が対応しやすくなりますが、慣れているから大丈夫というわけにはなりません。暑さに慣れた選手でも、熱中症になります。
特に本気の選手ほど危ない。「ここで休んだら負ける」「体調が悪くても走る」「全国につながる試合だから絶対に出たい」。気持ちはわかります。
でも、選手が競技で命を削ることはあってはなりません。
試合運営にも暑熱対策が必要
本来であれば、真夏の試合はできるだけ避けるべきだと思います。7月・8月の競技会は、暑熱対策なしでは非常に危険です。ただ実際には、地方レベルではまだ夏の試合が多く、しかもそれが全国大会につながる重要な試合であることもある。
自分の目標と命の危険を天秤にかけろというのは、選手にとって酷な話です。だからこそ、選手任せにしてはいけません。大会運営側・指導者・保護者が連携して安全な試合を作る必要があります。
私は選手がウォーミングアップ中はなるべく近くにいるようにしています。少しの体調の変化も見逃したくないからです。夏の試合ではすぐに選手に冷たい飲み物や、氷を渡せるように準備しています。異変を感じた段階ですぐに対応すれば、体調を崩さずに済むからです。
熱中症のサインを見逃さない
熱中症は、急に倒れるだけではありません。最初は小さなサインから始まることがほとんどです。
- 頭痛
- めまい
- 吐き気
- 足がつる
- 異常なだるさ
- 顔色が悪い
- ぼーっとしている
- 返事が遅い
- まっすぐ歩けない
- 汗のかき方がおかしい
こうした症状が出たら、無理をしてはいけません。すぐに運動を中止して涼しい場所へ移動し、身体を冷やしてください。
意識がはっきりしない、受け答えがおかしい、自力で水分を取れない、歩けない、けいれんがある、体温が異常に高い。これらの場合はすぐに救急対応が必要です。
「少し休めば大丈夫」で済ませてはいけません。
現場で徹底したいこと
真夏の練習では、まず練習前の体調確認から始めます。寝不足ではないか、朝食を食べたか、水分は取れているか、体調不良はないか、前日から食事はきちんと取れているか。こうした確認なしに練習を始めないことが重要です。
練習時間は短く。真夏に長時間だらだら練習する必要はありません。涼しい時間に、短時間で、目的を絞って行う方が安全で効果的です。
練習中はブレイクタイムを設ける。ただ水を飲むだけでなく、身体の熱を冷ます時間を意図的に作ります。日陰に入り、首や脇を冷やし、氷のうや保冷剤を使う。状況によってはハンディーファンも有効です。
水分補給は、吸収効率がよくミネラルを含むものを選ぶ。水だけでなく、汗で失われるものを補う意識が必要です。
そして、練習後も油断しない。練習が終わってから気持ち悪くなることもあります。帰宅後の食事・睡眠・翌日の体調まで含めて管理することが大切です。
選手がすべきこと
熱中症対策は、指導者や保護者だけが考えるものではありません。選手自身も、自分の身体を守る意識を持つことが必要です。
頭が痛い、気持ち悪い、身体が重い、いつもより汗のかき方がおかしい、ぼーっとする。こうした違和感を感じたとき「このくらい大丈夫」「みんなに迷惑をかけたくない」と黙って我慢するのは危険です。
そう思ってしまう選手の気持ちはわかりますが、熱中症は我慢していいものではありません。本気で競技を続けたいなら、自分の身体を守ることも競技力の一部です。
水分補給は練習中だけではなく、朝起きてから、学校生活の中でも、練習後も意識する。睡眠も同じで、寝不足のまま真夏の練習に参加するのは、前日の夜更かしがそのまま命のリスクになりうることを覚えておいてください。
真夏の練習は、練習が始まる前から勝負が始まっています。
強い選手とは無理をする選手ではなく、自分の身体を管理できる選手のことです。
保護者がすべきこと
熱中症対策は、家庭での準備がかなりの部分を占めます。練習中の水分補給だけでは対策として不十分で、前日の睡眠、朝食、普段の水分補給、食事内容、暑さ対策グッズの準備、こうした部分は家庭のサポートが直接影響します。
特に食事については注意してほしいことがあります。たとえばお父さんが高血圧で家庭全体が減塩食になっているケースです。大人の健康管理として必要な場合はありますが、真夏に大量の汗をかいて運動している子どもまで、同じ感覚で塩分を控えさせ続けるのは別の問題です。
もちろん医師から塩分制限を指示されている場合はその指示に従うべきですが、健康な中高生が真夏の陸上練習で大量に汗をかいているなら、その子の運動量に合った補給を考える必要があります。「家族みんな同じ食事だから大丈夫」という判断は危険です。
子どもがやたらとしょっぱいものを食べたがるとき、足がつりやすい、疲れが抜けない、尿の色が濃い、身体がだるいといった状態が重なっているなら、水分やミネラルが足りているかを確認してみてください。
保護者の役割は子どもを無理に頑張らせることではありません。頑張れる状態を整えること、そして危ないときに止めることです。
指導者がすべきこと
指導者は選手の力を引き出す立場であると同時に、選手を守る立場でもあります。真夏の練習や大会では特に、選手の「まだいけます」をそのまま信じすぎてはいけません。
本気の選手ほど無理をする、強い選手ほど休むことを嫌がる。全国大会につながる試合であればなおさらです。
だからこそ、指導者が冷静に判断する必要があります。WBGTを確認して危険な日は練習内容を変える、長時間練習を避ける、ブレイクタイムを設ける、体調不良者をすぐに休ませる、無理な参加を認めない。こうした判断は指導者の責任です。
真夏の陸上競技では、頑張らせる力よりも、止める力が必要になる場面があります。
選手の夢や目標を大切にすることと、命を守ることは両立させなければいけません。
まとめ
これから、さらに暑くなります。
陸上競技は、暑いからといって簡単にすべてを止められる競技ではありません。大事な試合が夏に行われることもあるし、全国につながる試合が暑い時期に重なることもある。本気で競技に取り組んでいる選手ほど、多少の無理をしてでも走ろうとします。
でも、命を削ってまで走ってはいけません。
勝ちたい、全国に行きたい、自己ベストを出したい。その気持ちは本当に大切です。でも、そのすべては命があってこそです。
熱中症対策は弱い選手のためのものではなく、本気で競技を続けるための準備です。真夏の陸上競技では、頑張ることと同じくらい、休む判断、冷やす判断、やめる判断が大切になります。
選手を守りながら、競技に本気で向き合う。これからの夏には、その両方が必要です。
